大谷石の歴史と巨大地下空間

大谷資料館

  石の町「大谷」 大谷石に育まれ発展した大谷。
現在では、大谷石採掘も手堀りから機械堀りへと
なり、昔と大きく変わってきています。    
この変わり行く大谷石採掘の姿を、手堀り時代と
機械化になった現在の道具などを通して展示して
おります。                 
  また、地下30mの「大谷石地下採掘場跡」は、
 野球場が1っ入ってしまう程の巨大な地下空間で、
古代ローマ遺跡を思わせる壮観かつ、幻想的な雰
囲気となっております。           
 この巨大地下空間では、コンサートや美術展な
ども開かれ、イベントスペースとしても注目を集
めています。                


大谷資料館の展示内容

 大谷の地質
 大谷石とは、栃木県宇都宮市大谷町付近一帯から採掘される、流紋岩質角礫凝灰岩の総称です。このコーナーでは、大谷石の分布、成因特徴などを紹介しています。

 大谷石利用の歴史

 1922年にアメリカの建築家、フランク・ロイド・ライトの設計による東京の旧帝国ホテルに大谷石は利用されました。このように、大谷石利用に関する資料を集めてみました。

 大谷石の採掘方法と採掘形態

 大谷石の採掘方法には、「平場掘り」と「垣根掘り」という2つの掘りかたがあります。この2つの採掘方法を組み合わせ、「露天掘り」、「坑内掘り」というような採掘場の形態がみられ、採石が行われています。ここでは、そのような大谷石採掘の方法と採掘場の様子を紹介します。

 手堀り時代の採掘

 採掘が本格的に始められた江戸時代の中頃から、機械化になる1960年(昭和35年)頃までの道具といえば、数本のツルハシ類と、石を運ぶときに使われた背負子ぐらいしかありません。ここでは採掘の方法、道具などを中心に構成しました。当時の苦労の様子がしのばれます。    

 機械化後の採掘

 現在では、色々な採掘や裁断が機械で出来るようになり、大谷石採掘に産業革命というべき、一大変革をもたらしました。ここでは、初期の機械や現在の採掘機などを展示しています。

 大谷石搬出、輸送の移り変わり

 手堀り時代には、150Kgもある石を1本1本背負って、採掘場から運び出していましたが、機械化後の現在では、モーター・ウインチにより、巻き上げられています。輸送方法も、筏、馬の背中、馬車、トロッコから、鉄道やトラックへと変わり、今ではほとんどトラック輸送が中心です。こうした搬出・輸送の変化を追ってみました。

 大谷石地下採掘場跡

 一般の人々の目に触れることなく「未知なる空間」と呼ばれた、地下採掘場跡。その広さは、2万平方メートル、深さは、30mにもおよびます。石肌には、手堀り時代のツルハシのあとが残り、ずっしりと年輪の重さを感じさせ、地下の巨大建造物を思わせる景観は、この地ならではの圧巻です。
 また、この巨大地下空間ではコンサートや美術展などが開かれたり、地下の教会として利用されるなど、イベントスペースとしても注目を集めています。
 この「未知なる空間」を、公開しております。     


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今後の予定1996年1995年1994年1993年以前


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