大谷石の採掘方法と採掘形態



大谷石の採掘方法(技術)
採掘方法には、「平場掘り」と「垣根掘り」という2つの掘り方があります。
  1.平場掘り
 この採掘方法は、下に掘り下げる掘り方です。手堀り時代の平場掘りで掘った跡には、横線の切りあとが石壁にみられます。
   
  2.垣根掘り
 横に掘っていく掘り方です。この採掘方法は、伊豆長岡の青石の職人が、明治末から大正初期に大谷に伝えた画期的な採掘技術です。
 手堀り時代の垣根掘りで掘った跡には、縦線の切りあとが石壁にみられます。昔は技術と手間が必要なために、平場掘りの3倍の工賃を支払ました。
   
  ※なぜ「垣根掘り」が画期的な採掘技術なのか?
 大谷石の地層は、きれいな石の層と、きたない石の層(ミソと呼ばれる茶色の塊を多く含む部分)が、サンドウィッチ状に横の層になっています。そのため、「平場掘り」の技術しかないころは、きたない石の層を全部取り除いてから、きれいな石を採掘したので、無駄な作業が多くコストも高くなってしまいました。
 そこに「垣根掘り」という技術が伝わり、きたない石の層は掘らずに残し、きれいな石の層だけを層の傾きにそって横に掘って行くために、無駄な作業も少なくなり、採石コストも低く抑えることが出来るようになったためです。
  石壁に残る、手堀り時代の「平場掘り」と「垣根掘り」の掘りあと

 垣根掘りの下の2段目までを「二丁送り」といい、ここまでは特殊技術を必要とするために、垣根掘り職人が掘りました。


大谷石の採掘形態
 大谷石採掘には、「平場掘り」と「垣根掘り」という2つの採掘方法を組み合わせた、一般的には、「露天掘り」・「坑内掘り」と呼ばれるのいくつかの採掘の形態があります。
  • 露天掘り ‥「露天平場掘り」

  •  大谷石採掘の初期の形態。
     江戸時代以前の大谷石採掘がまだ盛んではなかったころ、地上に露出している採掘しやすい石の部分を、出来るだけ奥深く掘って行くために、石壁が斜めになっています。
     この採掘形態は、資料館の駐車場付近に見られます。
  • 露天掘り ‥「露天平場掘り」

  •  垣根掘りの技術が導入され、現在では、ほとんどの採掘形態が坑内掘りになりましたが、それまでは、この露天平場掘りで採掘が行われていました。
     石山の上に付いている土などを取り除き、山の高い所から平場掘りで、下に掘って行く採掘形態。
     この採掘形態は、資料館の駐車場正面の石壁に見られます。
  • 坑内掘り ‥「露天平場掘りより垣根掘りへ」

  •  露天平場掘りで掘り進み、きれいな石の層に出たところで垣根掘りを入れて掘り進む。丁場(採掘場)が広くなると、平場掘りで掘り下げて行く。
     雨が降ると水を汲み出すのが大変なため、全体に屋根をかけたりする。
  • 坑内掘り ‥「垣根掘りより平場掘りへ」

  •  山の中腹のきれいな石の層より、垣根掘りで横に掘り進み、ある程度奥行きが出来ると、柱を残しながら平場掘りで掘り下げて行く形態。
     資料館の地下採掘場跡は、この採掘形態です。
  • 坑内掘り ‥「石の層が地中深くある場合」

  •  地表が土などに覆われ、石の層が地下深くにある場合などは、まず縦穴を掘り下げ、大谷石の層に出たところで、垣根掘りで横に掘り進み、丁場(採掘場)が出来ると、平場掘りで掘り下げて行く形態。
     この採掘形態は、大谷石の層が地下深くにある、大谷町の南東地区に多く見られます。


    大谷の地質利用の歴史┃採掘方法・形態┃手堀り時代機械化後搬出・輸送地下採掘場跡


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