1998年6月 山村 俊雄
 約2000万年前、海の底が隆起し、やがて現在の大谷石が生成された。それらを人の手によって、数百年という時間をかけて掘り進めていくなか、ツルハシや丸のこ、チェーンソーと人の技術は変化し、壁や柱にその痕跡は次々と刻み込みれた。人の歴史そのものがひとつのテクスチャーとして表現されている岩肌。そこは、人の歴史と地球の歴史が共存するひとつの場所。
 地下空間の闇は、どこまでも深く静かに息をひそめ、まるでささやく様に多孔質な岩肌からにじみ出して、密やかに沈殿する魂の堆積物となっていく。一時として静止することのない空気の乱流と天井から降り注ぐ無数の水滴。闇の中での時のうつろいは、淡く降り注ぐ光の粒子となる。
 この様な環境から近代という名のものに脱皮し、飛翔した痕跡を無数に岩肌に残し、何が飛び立っていったのか。それを追尾する時代とは?巨大な抜け殻の内部から世界を俯瞰して観る時、闇をこの場に残し、幾筋ものモノ達が天高く舞い上がった時を感じる。
 ここの場所には、確かにある種の郷愁を感じさせる力がある。それは僕の想いを幾重にも取り込みながら、依然としてそれらはそれとして、そこに在る。  力は力として、純粋な運動を繰り返し、変化、変調しながらも僕の尺度を軽やかに飛び越えていく。
 その昔、人がこの様なビジョンを持ち、作った場所でなく、結果としてそうなってしまった、ならざるをえなかった場所。そこには、個々のエゴでなく、必然だけが潔いほどある。《負の空間》と、あえて僕はその様に呼んでいる。今までの負としてのイメージからもう一歩奥へと足を踏み入れ、受け取る覚悟が必要とされる、その様な場所だ。
 人の営みの一断面である表現という手法を用いながら、ここにおいてどの様に関わり、交じり結ぶことが出来るのか? 人工の場でありながらひとつの自然との折り合いを付けている、ここ大谷地下空間において。
 無力を無力として、行為を行為として、矛盾を抱えながら、それらを直視する力。闇との対話はとりもなおさず自分自身との対話となり、深く静かに沈殿する記憶の堆積物の中に埋もれ、石化した時との対話、それらを通しながら、僕はまた、今年もここに居る。胞衣より発する無数の気配を感じるために。

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